鶴岡八幡宮

つるがおかはちまんぐ

鶴岡八幡宮

頼朝が仕掛けた「遠近法トリック」。鶴岡八幡宮に隠された武家政権の野望と、大銀杏の暗殺劇

参道がだんだん細くなる?京都を越えるための都市計画。鶴岡八幡宮へ向かう参道に「段葛(だんかずら)」と呼ばれる一段高くなった道があります。

基本情報

名称
鶴岡八幡宮
読み
つるがおかはちまんぐう
所在地
神奈川県鎌倉市雪ノ下2丁目1-31
創建・鎮座
康平6年(1063年)(頼義による勧請)、治承4年(1180年)(頼朝による遷座)
御祭神
応神天皇、比売神、神功皇后(ご祭神)
位置づけ
神道
主な見どころ
本宮、段葛、舞殿、大銀杏(の跡)
主な祭事・信仰
源頼朝、源実朝、公暁、静御前
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参道がだんだん細くなる? 京都を越えるための都市計画

鶴岡八幡宮へ向かう参道に「段葛(だんかずら)」と呼ばれる一段高くなった道があります。源頼朝が妻・北条政子の安産を祈願して造らせた道ですが、ここには驚くべき建築的仕掛けがあります。 実はこの段葛、入り口(二の鳥居)から神社の方向(三の鳥居)へ向かって、道の幅がだんだん「狭く(細く)」なるように設計されているのです。 これはいわゆる「遠近法」の錯覚を利用したトリックです。道が先へ行くほど狭くなることで、入り口から神社を見たときに「実際の距離よりも、はるかに遠く、奥深くにある」ように見えます。 逆に、神社側から海(入り口)の方を見ると、実際よりも近く見えます。これは単なるデザインではなく、敵が攻めてきた際に距離感を狂わせ、心理的な威圧感を与えるための高度な防衛トラップだったのです。 源頼朝は京都の朱雀大路を真似てこの参道を造りましたが、単なるコピーではなく、実戦的な軍事都市としての工夫を凝らしていました。

「隠れ銀杏」に潜んだ暗殺者。源氏将軍が途絶えた日Created by are-iina

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「隠れ銀杏」に潜んだ暗殺者。源氏将軍が途絶えた日

本宮へ登る大石段の左側に、かつて樹齢1000年とも言われる「大銀杏(おおいちょう)」がそびえ立っていました(2010年の強風で倒木し、現在はその根元から新たな芽が育っています 写真参照)。 この大銀杏は「隠れ銀杏」とも呼ばれ、鎌倉幕府の運命を決定づける大事件の舞台となりました。 建保7年(1219年)、鎌倉幕府の3代将軍・源実朝(さねとも)が、右大臣拝賀の儀式を終えて石段を降りてきたところ、この大銀杏の陰に隠れていた甥の公暁(くぎょう)に突如襲われ、暗殺されてしまったのです。 この暗殺劇により、源頼朝から始まった源氏の将軍の直系は、わずか3代で完全に途絶えてしまいました。 武家政権の栄華を象徴する神社のど真ん中で起きた血塗られたクーデター。 あの大石段は、日本史のターニングポイントとなった凄惨な現場なのです。

本宮の額にある「八」の字はなぜ鳩なのか?Created by are-iina

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本宮の額にある「八」の字はなぜ鳩なのか?

本宮の楼門を見上げると、「八幡宮」と書かれた額が掲げられています。 この「八」の字をよく見ると、二羽の「鳩(ハト)」が向かい合っているデザインになっていることに気づくでしょう。 なぜ神社の名前に鳩が隠されているのでしょうか? それは、鳩が八幡神(武神)の「神使(神の使い)」とされているからです。 古くから、源氏の武将たちが戦いに赴く際、道案内をするように鳩が飛んできたという伝承があり、鳩は勝利を呼ぶ吉鳥として崇められていました。 鶴岡八幡宮の境内には現在もたくさんの鳩が群れていますが、彼らは単なる公園の鳥ではなく、源頼朝が崇拝した最強の軍神の使いの末裔たちなのです。

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