上田城

うえだじょう

上田城

Photo: Douglas P Perkins (Douglaspperkins) / Wikimedia Commons / Public domain

上田城|城門を開けて敵を待った! 真田昌幸が徳川の大軍を翻弄した「上田城」の逆転防御

上田城を、城門を開けて敵を待った! 真田昌幸が徳川の大軍を翻弄した「上田城」の逆転防御という切り口から読み直します。一般的な城の概要を並べるのではなく、この城でしか成立しない出来事と、現在の姿とのずれを入口にします。

基本情報

名称
上田城
読み
うえだじょう
別名
尼ヶ淵城
所在地
長野県上田市二の丸
築城時期
1583年に築城開始
築城者
真田昌幸
現在の城郭
櫓・門・石垣・堀跡が残る城跡として整備されている
文化財・指定
長野県指定史跡・日本100名城

この記事では、上田城の見どころを「城門を開けて敵を待った! 真田昌幸が徳川の大軍を翻弄した「上田城」の逆転防御」から三つの場面に分けて追います。各Sectionでは、固有の事実がなぜ意外で、城の見方をどう変えるのかを確認します。

01

城門を開けて、敵を城下へ誘い込む

城門を開けて、敵を城下へ誘い込むを、城門を開けて敵を待った! 真田昌幸が徳川の大軍を翻弄した「上田城」の逆転防御の中の具体的な場面として見ます。

上田城では、敵を遠ざけるより、近づけてから崩す発想が使われました。城門へ殺到した軍勢が城下へ入り込むと、道は狭くなり、隊列は乱れます。

守る側が選んだ場所へ敵を移動させる。それが真田昌幸の逆転防御でした。

城門を開けて、敵を城下へ誘い込む

城門を開けて、敵を城下へ誘い込む

Photo: Wikimedia Commons

はの門へ続く登城路と姫路城の天守

Photo: そらみみ / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0

02

迷路の町で、軍勢のまとまりを奪う

迷路の町で、軍勢のまとまりを奪うを、城門を開けて敵を待った! 真田昌幸が徳川の大軍を翻弄した「上田城」の逆転防御の中の具体的な場面として見ます。

城下の道は、攻め手が一気に展開できる広場ではありません。曲がりくねった道や高低差が、大軍の連絡を遅らせます。

城だけでなく町全体を防御の一部にすることで、少ない兵でも大軍の力を分散させました。

迷路の町で、軍勢のまとまりを奪う

迷路の町で、軍勢のまとまりを奪う

Photo: Wikimedia Commons

はの門へ続く登城路と姫路城の天守

Photo: そらみみ / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0

03

濠と川が、最後の進路を断つ

濠と川が、最後の進路を断つを、城門を開けて敵を待った! 真田昌幸が徳川の大軍を翻弄した「上田城」の逆転防御の中の具体的な場面として見ます。

上田城の西側には尼ヶ淵があり、地形そのものが防御線になりました。攻め手が城へ近づくほど、濠と崖が進路を制限します。

上田城の勝ち筋は、一つの高い壁ではなく、門・町・水を重ねて敵の選択肢を減らすことでした。

濠と川が、最後の進路を断つ

濠と川が、最後の進路を断つ

Photo: Wikimedia Commons

はの門へ続く登城路と姫路城の天守

Photo: そらみみ / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0

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