会津若松城

お城図鑑

Photo: Asturio Cantabrio / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0

CASTLE CATALOG

日本のお城を知る

立派な名城にも、意外な話がある。
読んで驚いて、現地で「これか」と確かめたくなるお城図鑑。

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会津若松城
あいづわかまつじょう(つるがじょう)

会津若松城

白虎隊の物語だけでは終わらない。会津若松城は、戊辰戦争の籠城戦と、その後に記憶が組み替えられた過程を一緒に読む場所だ。

足利氏館(鑁阿寺)
あしかがしやかた(ばんなじ)

足利氏館(鑁阿寺)

高石垣や天守を想像すると見落とす。足利氏館は寺院のような堀と土塁の中に、武家の居館と信仰が重なった中世を残す。

松山城
まつやまじょう

松山城

現在の天守が完成したころ、日本には黒船が来ていた。松山城の現在の大天守は、江戸時代末期に再建されたものです。

宇和島城
うわじまじょう

宇和島城

四角く見えて、実は五角形だった。宇和島城は藤堂高虎が大規模に整備した城です。

松江城
まつえじょう

松江城

天守の中に井戸、桐の階段、そして国宝指定の決め手となった祈祷札。松江城の本気すぎる籠城仕様を見る。

熊本城
くまもとじょう

熊本城

1877年、本当に50日あまり籠城した。1877年の西南戦争で、熊本城には谷干城率いる熊本鎮台兵約3、500人が籠城し、薩摩軍約13。

姫路城
ひめじじょう

姫路城

最強要塞なのに本番ほぼなし。しかも足元にはペンギン

伊賀上野城
いがうえのじょう

伊賀上野城

約30メートルの高石垣を持つ伊賀上野城は、天守完成直前に台風で大損害を受けた。未完だからこそ残った城の物語。

大多喜城
おおたきじょう

大多喜城

生涯57回の合戦で一度も傷を負わなかった徳川四天王・本多忠勝。彼が築いた千葉県の大多喜城には、信じられないほど深い「底知らずの井戸」があります。実はここ、家康から「安房の里見氏を防ぐための絶対的な盾」として任された最前線の要塞でした。無敵の武将が泥臭く守り抜いた、房総の軍事拠点のリアルをご案内します。

郡上八幡城
ぐじょうはちまんじょう

郡上八幡城

東京のオシャレな街「青山」の名前の由来は、岐阜のこのお城だった!? さらに、日本で一番古い「木造で再建されたお城」という意外な記録も。

川越城
かわごえじょう(かわごえじょう)

川越城

8万vs8千。日本三大夜戦「川越夜戦」の舞台。江戸時代の平和なイメージが強い川越城ですが、戦国時代には「日本三大夜戦」の一つに数えられる。

館山城
たてやまじょう

館山城

滝沢馬琴の不朽の名作『南総里見八犬伝』の舞台として知られる千葉県の館山城。山頂にそびえる立派な天守閣は、実は「八犬伝」の世界観に合わせて昭和に建てられたお城風の博物館です。しかし、フィクションの影に隠れた現実の里見氏は、東京湾を支配した恐るべき「海賊大名」でした。

宇都宮城
うつのみやじょう

宇都宮城

落ちてこなかった「釣天井」の陰謀。江戸時代初期の元和8年(1622年)。

逆井城
さかさいじょう

逆井城

北条氏が築いた「対・佐竹」の最前線要塞。もともとこの地を治めていた逆井氏の居城でしたが、戦国時代後期の天正5年(1577年)。

小田原城
おだわらじょう

小田原城

天守だけでは、小田原城の大きさは分からない。戦国期の小田原城は、現在の城址公園だけではありません。

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