姫路城

ひめじじょう

姫路城

Photo: Douglas P Perkins (Douglaspperkins) / Wikimedia Commons / Public domain

姫路城|最強要塞なのに本番ほぼなし。しかも足元にはペンギン

姫路城を、最強要塞なのに本番ほぼなし。しかも足元にはペンギンという切り口から読み直します。一般的な城の概要を並べるのではなく、この城でしか成立しない出来事と、現在の姿とのずれを入口にします。

基本情報

名称
姫路城
読み
ひめじじょう
別名
白鷺城(しらさぎじょう)
所在地
兵庫県姫路市
築城時期
16世紀中頃
築城者
黒田氏(黒田重隆・職隆父子)
現在の城郭
池田輝政が1601年から大改築
文化財・指定
国宝/世界文化遺産

この記事では、姫路城の見どころを「最強要塞なのに本番ほぼなし。しかも足元にはペンギン」から三つの場面に分けて追います。各Sectionでは、固有の事実がなぜ意外で、城の見方をどう変えるのかを確認します。

01

迷路と罠のテーマパーク。でも本番はほぼ来なかった

迷路と罠のテーマパーク。でも本番はほぼ来なかったを、最強要塞なのに本番ほぼなし。しかも足元にはペンギンの中の具体的な場面として見ます。

姫路城といえば、真っ白で美しい大天守。 遠くから眺めると優雅です。 ところが敵の気持ちになって中へ入ると、印象が一変します。 この城、かなり性格が悪い。 天守は見えているのに、素直にそこへ行かせてくれません。 道は曲がる。門を抜ける。また曲がる。 「こっちで合ってるよね?」 と思いながら進んでいると、いつの間にか天守から遠ざかっている。 さらに壁には、鉄砲や矢を撃つための「狭間(さま)」がずらり。 敵からすれば、 「天守見えてるのに全然着かないし、ずっと狙われてる」 という、かなり嫌な城です。 ところが。 これだけ本気で敵を迎え撃く城を作ったのに、現在の大天守を中心とする姫路城は、完成後に大規模な攻城戦の舞台になることなく残りました。 あれだけ準備したのに、本番がほぼ来なかった。 最新のハイスペックゲーミングPCを買って、対戦ゲームをほとんど起動しなかったようなものです。 ただ、そのおかげで今も私たちは、この巨大な城を歩けます。 姫路城へ行ったら、天守だけを見るのではなく、 「自分が攻める側だったらどうする?」 と思いながら歩いてみてください。 たぶん途中で、 「これ無理だわ」 となります。

迷路と罠のテーマパーク。でも本番はほぼ来なかった

迷路と罠のテーマパーク。でも本番はほぼ来なかった

Photo: Wikimedia Commons

はの門へ続く登城路と姫路城の天守

Photo: そらみみ / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0

02

「お菊井戸」、怪談だけでなく住所まで動いた?

「お菊井戸」、怪談だけでなく住所まで動いた?を、最強要塞なのに本番ほぼなし。しかも足元にはペンギンの中の具体的な場面として見ます。

「1枚、2枚……」 お皿を数える怪談で有名なお菊さん。 姫路城には、そのお菊さんが投げ込まれたと伝わる 「お菊井戸」 があります。 いかにも、 「何百年も前から、ここがお菊井戸です」 という顔でそこにあります。 ところが、話はそんなに単純ではありません。 姫路には「播州皿屋敷」というお菊伝説がありますが、江戸時代に伝えられていた「お菊井戸」は、現在のお菊井戸とは別の場所だったとされています。 さらに姫路市立城郭研究室によると、現在の姫路城にある「お菊井戸」などの伝説は、 明治末ごろ、姫路城が一般公開されるようになった時期に作られた可能性がある そうです。 つまり、 怪談だけでなく、怪談の住所まで動いていた可能性があります。 もちろん、「だから全部作り話」ということではありません。 伝説というのは、語られていくうちに場所と結びついたり、形を変えたりします。 むしろ面白いのはそこ。 姫路城でお菊井戸を見つけたら、 「ここでお菊さんが……」 だけではなく、 「あなた、いつからここにいるんですか?」 という目でも見てみてください。 ちょっと違う怖さが出てきます。

「お菊井戸」、怪談だけでなく住所まで動いた?

「お菊井戸」、怪談だけでなく住所まで動いた?

Photo: Wikimedia Commons

はの門へ続く登城路と姫路城の天守

Photo: そらみみ / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0

03

感動の「姥が石」。その近くには石棺まで入っている

感動の「姥が石」。その近くには石棺まで入っているを、最強要塞なのに本番ほぼなし。しかも足元にはペンギンの中の具体的な場面として見ます。

姫路城には「姥が石(うばがいし)」という有名な伝説があります。 羽柴秀吉が城を築いていたころ、石垣に使う石が足りなくなりました。 それを知った貧しいお婆さんが、 「これを使ってください」 と、自分が使っていた石臼を差し出した。 秀吉は喜び、その石臼を石垣に使った――。 なんともいい話です。 現在も姫路城には、姥が石と呼ばれる石を見ることができます。 ところが。 感動しながら周囲の石垣を見ていると、別の意味ですごいものが混ざっています。 古墳時代の石棺です。 棺桶に使われていた石まで、石垣の材料になっています。 姫路城では、こうした石塔や石臼、石棺などを再利用した「転用石」が90点以上確認されています。 戦国時代の石集め、 使える石は、かなり幅広く使います。 しかも「姥が石」の感動的な物語そのものについても、後の時代に生まれた可能性が指摘されています。 お婆さんの石臼は伝説。 石棺は本当にある。 どっちの話も強すぎます。 姫路城へ行ったら、つい大天守ばかり見上げてしまいますが、たまには足元も見てください。 400年前の石垣に、 「いや、それ石垣に使う石じゃないでしょ」 というものが普通に混ざっています。

感動の「姥が石」。その近くには石棺まで入っている

感動の「姥が石」。その近くには石棺まで入っている

Photo: Wikimedia Commons

はの門へ続く登城路と姫路城の天守

Photo: そらみみ / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0

04

世界遺産の足元に、普通にペンギンがいる

世界遺産の足元に、普通にペンギンがいるを、最強要塞なのに本番ほぼなし。しかも足元にはペンギンの中の具体的な場面として見ます。

姫路城を歩いていると、不思議な光景に出会います。 白亜の大天守。 立派な石垣。 歴史ある城。 そして―― ペンギン。 姫路城の内堀の内側には、なんと 姫路市立動物園 があります。 しかも少し動物がいる程度ではありません。 ペンギン、カピバラ、レッサーパンダ。 さらに観覧車まであります。 世界遺産を見に来たはずなのに、 途中から急に昭和の動物園が始まります。 なぜこんなことになったのか。 動物園が開園したのは1951年。 姫路城が世界文化遺産に登録された1993年より、ずっと前です。 きっかけの一つになったのが、姫路にやってきた移動動物園でした。 子どもたちに大人気となり、 「姫路にも動物園を!」 という声が高まって常設の動物園が誕生しました。 そして、この動物園。 作る途中で建設費が足りなくなりました。 そこで登場した資金調達方法が―― 「動物くじ」。 10万枚も発売されました。 しかも、 「ゾウ組」と「サル組」。 そしてハズレても、動物園の入場券がもらえました。 つまり、 ハズレても動物には会える。 かなり平和なくじです。 こうして誕生した動物園が、その後も姫路城の中に残りました。 現在も、大人250円で入園できます。 400年前の軍事要塞。 国宝。 世界文化遺産。 その足元でペンギンが泳ぎ、観覧車が回っている。 姫路城へ行ったら、大天守だけ見て帰るのはちょっともったいないです。 世界遺産とペンギンが同じ視界に入る場所。 たぶん、そう多くありません。

世界遺産の足元に、普通にペンギンがいる

世界遺産の足元に、普通にペンギンがいる

Photo: Wikimedia Commons

はの門へ続く登城路と姫路城の天守

Photo: そらみみ / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0

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