01
家康が生まれた瞬間「金の龍」が空へ舞い上がった!?
岡崎城には「龍城(たつきじょう)」というカッコいい別名があります。これは、家康が城内で産声を上げたその瞬間、城の井戸から「金色の龍」が天高く舞い上がったというものすごい伝説が残っているからです。現在の城内には、この伝説にちなむ「龍城神社」があり、さらに家康が初めてのお風呂に使った「産湯(うぶゆ)の井戸」や、へその緒や胎盤を埋めた「えな塚」が大切に残されています。日本一の出世パワーをもらえる究極の聖地です。


おかざきじょう
岡崎城
Photo: Evelyn-rose / Wikimedia Commons / CC0
愛知県岡崎市にある岡崎城は、江戸幕府を開いた天下人・徳川家康が誕生した神聖な場所です。家康の出世にあやかる国内有数のパワースポットですが、実は江戸時代の城主たちにとっては「名誉だけどツラい」裏の顔もありました。天下人のルーツにまつわる面白いエピソードを3つご紹介します。
01
岡崎城には「龍城(たつきじょう)」というカッコいい別名があります。これは、家康が城内で産声を上げたその瞬間、城の井戸から「金色の龍」が天高く舞い上がったというものすごい伝説が残っているからです。現在の城内には、この伝説にちなむ「龍城神社」があり、さらに家康が初めてのお風呂に使った「産湯(うぶゆ)の井戸」や、へその緒や胎盤を埋めた「えな塚」が大切に残されています。日本一の出世パワーをもらえる究極の聖地です。

02
豊臣秀吉の時代、岡崎城の城主になった田中吉政(たなか よしまさ)という武将は、城の防衛力を高めるために驚くべき都市計画を実行しました。なんと、日本の大動脈である「東海道」のルートを無理やりねじ曲げ、城下町の中をジグザグに「27回」も曲がるように設計したのです(岡崎の二十七曲がり)。これは敵が真っ直ぐ攻め込んでこられないようにする防衛の工夫であると同時に、旅人が町に長く滞在してお金を落としていくという、天才的な経済戦略でもありました。

03
江戸時代になると、岡崎城は「神君(家康)出生の神聖な城」として特別視されました。ここを任されるのは、幕府から絶大な信頼を得た「譜代大名(ふだいだいみょう)」だけ。岡崎城主になることは武士として最高レベルのステータスでした。しかし、実は岡崎藩の収入(石高)は約5万石程度と、大名の中ではかなり少なめ。それなのに「家康公の城主」としての高いメンツを保ち、幕府の要人を豪華にもてなす交際費が莫大にかかるため、歴代の城主たちは常に「名誉と大赤字」の間で泣いていたそうです。

SAME CATALOG