松江城

まつえじょう

松江城

Photo: Douglas P Perkins (Douglaspperkins) / Wikimedia Commons / Public domain

松江城|籠城する気満々の天守と、国宝への決め手になった2枚の札

松江城を、籠城する気満々の天守と、国宝への決め手になった2枚の札という切り口から読み直します。一般的な城の概要を並べるのではなく、この城でしか成立しない出来事と、現在の姿とのずれを入口にします。

基本情報

名称
松江城(まつえじょう)
読み
まつえじょう
別名
千鳥城(ちどりじょう)
所在地
島根県松江市殿町
築城時期
1607年着工、1611年完成
築城者
堀尾吉晴・忠晴
現在の城郭
1611年完成の現存天守(国宝)
文化財・指定
国宝

この記事では、松江城の見どころを「籠城する気満々の天守と、国宝への決め手になった2枚の札」から三つの場面に分けて追います。各Sectionでは、固有の事実がなぜ意外で、城の見方をどう変えるのかを確認します。

01

天守の地下に井戸。籠城する気が本気すぎる

天守の地下に井戸。籠城する気が本気すぎるを、籠城する気満々の天守と、国宝への決め手になった2枚の札の中の具体的な場面として見ます。

松江城天守の地階には、 井戸 があります。城の近くではありません。天守の建物の中です。 松江城公式サイトによると、天守内に井戸が現存するのは、現存天守では松江城だけ。かつては深さ約24メートルありました。 地階は「塩蔵」と呼ばれ、籠城に備えて塩や食料などを蓄える場所でもありました。 敵に囲まれて外へ出られなくなっても、水と物資を天守の中で確保する。 「最後はここにこもる」という覚悟が、地下の設備として残っています。 外から見ると黒くて堂々とした天守ですが、地下へ行くと急にサバイバル施設になります。

天守の地下に井戸。籠城する気が本気すぎる

天守の地下に井戸。籠城する気が本気すぎる

Photo: Wikimedia Commons

はの門へ続く登城路と姫路城の天守

Photo: そらみみ / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0

02

階段だけ、なぜか高級タンスと同じ「桐」

階段だけ、なぜか高級タンスと同じ「桐」を、籠城する気満々の天守と、国宝への決め手になった2枚の札の中の具体的な場面として見ます。

松江城では、1階から4階までの階段に 桐 が使われています。 桐と聞くと、高級な桐たんすを思い浮かべる人もいるでしょう。でも、ここは城です。 松江城公式サイトでは、桐が使われた理由について 防火・防腐などのためと考えられる と説明しています。 城の階段なのに、素材選びまで籠城仕様。 派手な装飾ではありませんが、毎日踏む階段にまで「もし攻められたら」が入り込んでいます。

階段だけ、なぜか高級タンスと同じ「桐」

階段だけ、なぜか高級タンスと同じ「桐」

Photo: Wikimedia Commons

はの門へ続く登城路と姫路城の天守

Photo: そらみみ / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0

03

国宝への決め手は、行方不明だった2枚の木札

国宝への決め手は、行方不明だった2枚の木札を、籠城する気満々の天守と、国宝への決め手になった2枚の札の中の具体的な場面として見ます。

松江城には、現代になってから大きな転機がありました。 1935年には当時の国宝に指定されましたが、1950年の文化財保護法施行後は重要文化財となります。 現在の制度で国宝になるうえで、大きな手がかりになったのが、長く所在が分からなくなっていた 2枚の祈祷札 です。 2012年、松江神社で祈祷札が再発見されました。そこには「慶長拾六年」の文字。 さらに調査すると、祈祷札の釘穴と、天守地階の柱に残る穴が一致しました。 400年前の木札が、本当にこの天守に付いていたことまで確かめられた。 こうした研究成果を経て、松江城天守は2015年、現在の制度で国宝に指定されました。 巨大な天守の歴史を動かした決め手のひとつが、最後は2枚の木の札だったのです。

国宝への決め手は、行方不明だった2枚の木札

国宝への決め手は、行方不明だった2枚の木札

Photo: Wikimedia Commons

はの門へ続く登城路と姫路城の天守

Photo: そらみみ / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0

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