熊本城

くまもとじょう

熊本城

Photo: Douglas P Perkins (Douglaspperkins) / Wikimedia Commons / Public domain

熊本城|50日籠城した城は、いま2052年度までの復旧戦を続けている

熊本城を、50日籠城した城は、いま2052年度までの復旧戦を続けているという切り口から読み直します。一般的な城の概要を並べるのではなく、この城でしか成立しない出来事と、現在の姿とのずれを入口にします。

基本情報

名称
熊本城
読み
くまもとじょう
別名
銀杏城
所在地
熊本県熊本市中央区
築城時期
1607年完成
築城者
加藤清正
現在の城郭
1960年再建・2021年天守閣復旧完了
文化財・指定
国特別史跡・重要文化財建造物

この記事では、熊本城の見どころを「50日籠城した城は、いま2052年度までの復旧戦を続けている」から三つの場面に分けて追います。各Sectionでは、固有の事実がなぜ意外で、城の見方をどう変えるのかを確認します。

01

1877年、本当に50日あまり籠城した

1877年、本当に50日あまり籠城したを、50日籠城した城は、いま2052年度までの復旧戦を続けているの中の具体的な場面として見ます。

1877年の西南戦争で、熊本城には谷干城率いる熊本鎮台兵約3,500人が籠城し、薩摩軍約13,000人と戦いました。熊本城公式サイトは、籠城戦が50日あまり続いたとしています。 ただし、天守と本丸御殿は開戦直前の火災で焼失しています。原因は放火、自焼など複数の説があり、現在も特定されていません。 「武者返しがすべてを防いだ」という単純な話ではありません。 近世の城が、明治の近代戦の舞台になった こと自体が熊本城の大きな転換点でした。

1877年、本当に50日あまり籠城した

1877年、本当に50日あまり籠城した

Photo: Wikimedia Commons

はの門へ続く登城路と姫路城の天守

Photo: そらみみ / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0

02

2016年、敵ではなく地面そのものが動いた

2016年、敵ではなく地面そのものが動いたを、50日籠城した城は、いま2052年度までの復旧戦を続けているの中の具体的な場面として見ます。

2016年の熊本地震では、熊本城も甚大な被害を受けました。本震後の調査では、石垣に膨らみ・緩みが64か所、517面で確認され、そのうち50か所、229面が崩壊。被害面積は石垣全体の約29.9%に及びました。 重要文化財建造物13棟も被災し、倒壊や一部倒壊、屋根・壁の破損が発生しました。 城の防御設備は、人間が攻めてくることを想定して造られたものです。2016年に熊本城が直面したのは、その前提の外側にある地震でした。

2016年、敵ではなく地面そのものが動いた

2016年、敵ではなく地面そのものが動いた

Photo: Wikimedia Commons

はの門へ続く登城路と姫路城の天守

Photo: そらみみ / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0

03

復旧は2052年度まで。しかも予定は固定ではない

復旧は2052年度まで。しかも予定は固定ではないを、50日籠城した城は、いま2052年度までの復旧戦を続けているの中の具体的な場面として見ます。

天守閣は2021年に復旧を終え、内部公開が再開されました。しかし熊本城全体の復旧はまだ続いています。 熊本市は現在、復旧工事が2052年度まで続く見込みと案内しています。石垣の石を回収・記録し、文化財としての価値を保ちながら積み直していくため、時間のかかる仕事です。 さらに2026年8月時点で、熊本市は新たな地震の影響について調査中で、2052年度までの計画を見直す必要があるかも含めて検証するとしています。 熊本城は完成した観光資源ではなく、いまも修復の途中にある城 です。

復旧は2052年度まで。しかも予定は固定ではない

復旧は2052年度まで。しかも予定は固定ではない

Photo: Wikimedia Commons

はの門へ続く登城路と姫路城の天守

Photo: そらみみ / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0

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