金沢城

かなざわじょう

金沢城

Photo: Douglas P Perkins (Douglaspperkins) / Wikimedia Commons / Public domain

金沢城|天守がなくても「城の変化」が見える。石垣を歩く加賀百万石の城

金沢城を、天守がなくても「城の変化」が見える。石垣を歩く加賀百万石の城という切り口から読み直します。一般的な城の概要を並べるのではなく、この城でしか成立しない出来事と、現在の姿とのずれを入口にします。

基本情報

名称
金沢城(かなざわじょう)
読み
かなざわじょう
別名
尾山城
所在地
石川県金沢市丸の内
築城時期
1583年、前田利家の金沢入城後に本格的な城郭整備が進む
築城者
前田利家
現在の城郭
金沢城公園として整備され、石川門などの歴史的建造物と復元建造物が残る
文化財・指定
国指定史跡。石川門・三十間長屋などは重要文化財

この記事では、金沢城の見どころを「天守がなくても「城の変化」が見える。石垣を歩く加賀百万石の城」から三つの場面に分けて追います。各Sectionでは、固有の事実がなぜ意外で、城の見方をどう変えるのかを確認します。

01

天守が消えたあとも、城は止まらなかった

天守が消えたあとも、城は止まらなかったを、天守がなくても「城の変化」が見える。石垣を歩く加賀百万石の城の中の具体的な場面として見ます。

金沢城には天守がありません。しかし、「最初から天守がなかった城」ではありません。1602年、天守は落雷による火災で焼失したとされ、その後は天守の代わりに三階櫓などが城の中心的な高層建築となりました。 ここで面白いのは、「なぜ再建しなかったのか」を一つの政治的理由に決めつけることではなく、天守が失われても城の整備そのものは続いたことです。現在の金沢城を見るときは、存在しない天守を探すより、その後の時代に何が造られ、何が残ったのかを見る方が、城の歴史を具体的にたどれます。

天守が消えたあとも、城は止まらなかった

天守が消えたあとも、城は止まらなかった

Photo: Wikimedia Commons

はの門へ続く登城路と姫路城の天守

Photo: そらみみ / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0

02

足元を見ると、石垣の時代が変わる

足元を見ると、石垣の時代が変わるを、天守がなくても「城の変化」が見える。石垣を歩く加賀百万石の城の中の具体的な場面として見ます。

金沢城が「石垣の博物館」と呼ばれる理由は、城内を歩くだけで石の加工や積み方の違いを見比べられるからです。自然石の形を生かした石垣、石を加工して隙間を減らした石垣、さらに意匠性まで意識した石垣が、同じ城内に残っています。 これは単なる石垣の種類見本ではありません。長い年月のなかで、修築の技術や目的が変化してきた痕跡です。金沢城は天守を一枚撮って終わる城ではなく、歩くほど「この石垣はいつの顔だろう」と見方が増えていく城です。

足元を見ると、石垣の時代が変わる

足元を見ると、石垣の時代が変わる

Photo: Wikimedia Commons

はの門へ続く登城路と姫路城の天守

Photo: そらみみ / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0

03

白く見える屋根も、金沢城の個性

白く見える屋根も、金沢城の個性を、天守がなくても「城の変化」が見える。石垣を歩く加賀百万石の城の中の具体的な場面として見ます。

金沢城の櫓や長屋で目を引くのが、白っぽく見える屋根です。金沢城では鉛瓦が特徴的に使われ、黒い瓦屋根を見慣れた目には独特の印象を与えます。 鉛瓦についてはさまざまな説や伝承がありますが、この記事では「戦時に弾丸へ転用するためだった」などの俗説を事実として断定しません。まず見てほしいのは、石垣だけでなく屋根まで含めて、金沢城の景観がほかの城とかなり違って見えることです。雪の季節には、その白さがさらに際立ちます。

白く見える屋根も、金沢城の個性

白く見える屋根も、金沢城の個性

Photo: Wikimedia Commons

はの門へ続く登城路と姫路城の天守

Photo: そらみみ / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0

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