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8万vs8千。日本三大夜戦「川越夜戦」の舞台
8万vs8千。日本三大夜戦「川越夜戦」の舞台を、御殿の床に「体育館」の傷跡? 奇跡の夜戦を制した川越城の、国宝級建築の意外すぎる再利用の中の具体的な場面として見ます。
江戸時代の平和なイメージが強い川越城ですが、戦国時代には「日本三大夜戦」の一つに数えられる、凄惨かつ奇跡的な大逆転劇の舞台となりました。 天文15年(1546年)、関東の覇権を争っていた北条氏康(ほうじょううじやす)は絶体絶命の危機にありました。川越城(当時は河越城)を守る北条軍3千に対し、上杉氏を中心とする関東の連合軍「約8万」が城を完全に包囲したのです。 援軍に駆けつけた氏康の兵力を合わせても約8千。10倍の敵に対して、氏康は「夜襲」というギャンブルに出ました。兵士たちに鎧を脱がせて身軽にし、暗闇の中で「味方同士の合言葉」だけを決めて敵陣に突っ込んだのです。油断しきっていた8万の連合軍は大パニックに陥り、同士討ちを始めて壊滅しました。この「川越夜戦」の大勝利によって、北条氏は関東の支配を決定的なものにしたのです。
8万vs8千。日本三大夜戦「川越夜戦」の舞台
Photo: Wikimedia Commons
Photo: そらみみ / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0