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完成は1854年。松前城は「城の時代」の最後に生まれた
松前城が完成したのは1854年。ペリー来航の翌年です。 天守と瓦屋根だけを見れば、昔から続く日本の城に見えます。ところが、築城の理由は戦国大名の勢力争いではありません。幕府が北方の海防を重く見て、松前藩に築城を命じたことが出発点でした。 つまり松前城は、古い形式の天守をまといながら、外国船への警戒という新しい問題に対応した城です。完成した瞬間から、城の時代の終わりと近代の入口に立っていました。
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まつまえじょう
松前城
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松前城を、和風の天守に、外国船を撃つ台場。松前城は幕末の国境警備所だったという切り口から読み直します。一般的な城の概要を並べるのではなく、この城でしか成立しない出来事と、現在の姿とのずれを入口にします。
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松前城が完成したのは1854年。ペリー来航の翌年です。 天守と瓦屋根だけを見れば、昔から続く日本の城に見えます。ところが、築城の理由は戦国大名の勢力争いではありません。幕府が北方の海防を重く見て、松前藩に築城を命じたことが出発点でした。 つまり松前城は、古い形式の天守をまといながら、外国船への警戒という新しい問題に対応した城です。完成した瞬間から、城の時代の終わりと近代の入口に立っていました。
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松前城の面白さは、天守だけでは見えません。三ノ丸の海側には、津軽海峡から来る船を意識した台場が設けられました。 松前町の資料では、日本式城郭に台場を組み合わせた例として説明されています。城内の中心に天守を置き、海側には大砲のための防御施設を置く。和風の城と海防砲台が一つの縄張りに同居しているのです。 「お城」と「砲台」を別々の施設だと思って歩くと見落とします。松前城は、海峡そのものを城の前面にした国境警備所でした。
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松前城の現在の天守は、1949年の火災後に外観復元されたものです。一方、本丸御門は焼失を免れ、築城当時の建物として残っています。 ここには、城の「昔」が一枚で残っているわけではありません。復元された天守と、幕末から残る門が同じ場所に並び、別々の時間を見せています。 松前城では、天守を見て終わりにせず、門の木材や金具にも目を向けてください。そこに残っているのは、城全体ではなく、火災をくぐり抜けた一部分の歴史です。
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