宇和島城

うわじまじょう

宇和島城

Photo: Douglas P Perkins (Douglaspperkins) / Wikimedia Commons / Public domain

宇和島城|外周は五角形。なのに天守は戦う気配がかなり薄い

宇和島城を、外周は五角形。なのに天守は戦う気配がかなり薄いという切り口から読み直します。一般的な城の概要を並べるのではなく、この城でしか成立しない出来事と、現在の姿とのずれを入口にします。

基本情報

名称
宇和島城(うわじまじょう)
読み
うわじまじょう
別名
鶴島城
所在地
愛媛県宇和島市
築城時期
1596年着工、1601年完成
築城者
藤堂高虎
現在の城郭
伊達宗利が1666年頃に建て直した現存天守
文化財・指定
国指定重要文化財・現存12天守

この記事では、宇和島城の見どころを「外周は五角形。なのに天守は戦う気配がかなり薄い」から三つの場面に分けて追います。各Sectionでは、固有の事実がなぜ意外で、城の見方をどう変えるのかを確認します。

01

四角く見えて、実は五角形だった

四角く見えて、実は五角形だったを、外周は五角形。なのに天守は戦う気配がかなり薄いの中の具体的な場面として見ます。

宇和島城は藤堂高虎が大規模に整備した城です。城の外郭は不等辺五角形という独特な形をしていました。 古い絵図では四角形の城に見誤りやすいことから、この縄張りは宇和島城を語る代表的な特徴になっています。 四角だと思って数えると、一辺足りない。 それだけでも高虎の縄張りの妙は十分です。

四角く見えて、実は五角形だった

四角く見えて、実は五角形だった

Photo: Wikimedia Commons

はの門へ続く登城路と姫路城の天守

Photo: そらみみ / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0

02

現在の天守は、高虎の天守ではない

現在の天守は、高虎の天守ではないを、外周は五角形。なのに天守は戦う気配がかなり薄いの中の具体的な場面として見ます。

現在残る三重三階の天守は、宇和島伊達家2代藩主・宗利の時代に建て直されたものです。 宇和島市の資料では、幕府には修理として届け出ながら、天守台を含め大きく造り替えたことが説明されています。 外観は破風などの装飾が多く、戦国期の無骨な要塞というより優美な印象です。 縄張りは高虎、今の天守は伊達家。 一つの城に違う時代の設計思想が重なっています。

現在の天守は、高虎の天守ではない

現在の天守は、高虎の天守ではない

Photo: Wikimedia Commons

はの門へ続く登城路と姫路城の天守

Photo: そらみみ / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0

03

天守に石落としがない。だから『防御力ゼロ』とは限らない

天守に石落としがない。だから『防御力ゼロ』とは限らないを、外周は五角形。なのに天守は戦う気配がかなり薄いの中の具体的な場面として見ます。

現天守には、他の城で目立つ石落としなどの防御設備が少なく、装飾性の高い姿が特徴です。 江戸時代の安定期に建て直された天守だからこそ、 戦うための塔だけではない城郭建築 として見る方が自然です。

天守に石落としがない。だから『防御力ゼロ』とは限らない

天守に石落としがない。だから『防御力ゼロ』とは限らない

Photo: Wikimedia Commons

はの門へ続く登城路と姫路城の天守

Photo: そらみみ / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0

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