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落ちてこなかった「釣天井」の陰謀
落ちてこなかった「釣天井」の陰謀を、将軍暗殺の「釣天井」はフェイクニュースだった。日光詣のVIPホテルとして栄えた宇都宮城の栄光と転落の中の具体的な場面として見ます。
江戸時代初期の元和8年(1622年)。宇都宮城主であった本多正純(ほんだまさずみ)は、徳川家康の側近として権勢を振るった大物です。 ある時、2代将軍・徳川秀忠が日光東照宮へお参りする途中、宇都宮城に宿泊することになりました。この時、「正純は将軍の寝室の天井に細工をし、夜中に天井を落下させて将軍を圧死させようとしている」という密告が幕府に入りました。これが世に言う「宇都宮城釣天井事件」です。 結果として秀忠は宇都宮城への宿泊を急遽キャンセルし、正純は領地を没収されて島流し(改易)となってしまいました。講談や歌舞伎の題材として大ヒットしたこの事件ですが、後の調査で宇都宮城に釣天井の仕掛けなど一切存在しなかったことが判明しています。これは、正純の権力を疎ましく思った幕府内の政敵(土井利勝ら)が流した、悪質な「フェイクニュース(捏造)」だったのです。
落ちてこなかった「釣天井」の陰謀
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Photo: そらみみ / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0