館山城

たてやまじょう

館山城

Photo: Douglas P Perkins (Douglaspperkins) / Wikimedia Commons / Public domain

館山城|今の天守閣は「八犬伝」のための博物館? 東京湾を支配した海賊大名・里見氏のリアルな館山城

館山城を、今の天守閣は「八犬伝」のための博物館? 東京湾を支配した海賊大名・里見氏のリアルな館山城という切り口から読み直します。一般的な城の概要を並べるのではなく、この城でしか成立しない出来事と、現在の姿とのずれを入口にします。

基本情報

名称
館山城
読み
たてやまじょう
別名
確認できる代表的な別名なし
所在地
千葉県館山市館山351-2(城山公園内)
築城時期
天正8年(1580年) 里見義頼による
築城者
里見義頼
現在の城郭
しかし、私たちが現在見上げているあの立派な天守閣は、戦国時代のオリジナルではありません。
文化財・指定
記事本文に文化財・指定情報の明記なし

この記事では、館山城の見どころを「今の天守閣は「八犬伝」のための博物館? 東京湾を支配した海賊大名・里見氏のリアルな館山城」から三つの場面に分けて追います。各Sectionでは、固有の事実がなぜ意外で、城の見方をどう変えるのかを確認します。

01

今の天守閣は「八犬伝」のために建てられた

今の天守閣は「八犬伝」のために建てられたを、今の天守閣は「八犬伝」のための博物館? 東京湾を支配した海賊大名・里見氏のリアルな館山城の中の具体的な場面として見ます。

館山城の山頂に建つ3層4階の立派な天守閣。実はこれ、昭和57年(1982年)に建てられた「模擬天守(お城の形をした博物館)」です。外観は、愛知県の犬山城などをモデルにして設計されました。 実際の戦国〜江戸時代初期の館山城に、これほど立派な天守閣が存在したという記録や証拠はありません。館山市が『南総里見八犬伝』の歴史的ロマンを観光に活かすため、八犬伝に関する資料を展示する「館山市立博物館分館」として、あえてお城の形をした建物を建てたのです。現在、内部では滝沢馬琴の資料や八犬伝の錦絵などが展示され、ファンにとってはたまらない聖地となっています。

今の天守閣は「八犬伝」のために建てられた

今の天守閣は「八犬伝」のために建てられた

Photo: Wikimedia Commons

はの門へ続く登城路と姫路城の天守

Photo: そらみみ / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0

02

現実の里見氏は「最強の海賊大名」だった

現実の里見氏は「最強の海賊大名」だったを、今の天守閣は「八犬伝」のための博物館? 東京湾を支配した海賊大名・里見氏のリアルな館山城の中の具体的な場面として見ます。

小説の『八犬伝』では、犬の霊力を持った8人の剣士が活躍するファンタジーが描かれますが、現実の里見氏は全く違う強さを持っていました。彼らは「水軍(海賊)」を操る東京湾の覇者だったのです。 館山城は、東京湾の入り口(浦賀水道)を見下ろす絶好のロケーションにあります。里見氏はこの城を拠点に強力な水軍を編成し、対岸の三浦半島や江戸湾の海上交通を完全にコントロールしていました。あの小田原の北条氏でさえ、里見氏の水軍には何度も煮え湯を飲まされ、海からの攻撃に恐怖しました。 館山城は、陸上の戦いだけでなく、海からの敵を監視し、自らの艦隊を指揮するための「巨大な海の要塞」だったのです。

現実の里見氏は「最強の海賊大名」だった

現実の里見氏は「最強の海賊大名」だった

Photo: Wikimedia Commons

はの門へ続く登城路と姫路城の天守

Photo: そらみみ / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0

03

跡形もなく壊された悲劇の改易

跡形もなく壊された悲劇の改易を、今の天守閣は「八犬伝」のための博物館? 東京湾を支配した海賊大名・里見氏のリアルな館山城の中の具体的な場面として見ます。

関東で強大な勢力を誇った里見氏ですが、江戸幕府が開かれると、その強すぎる海軍力と独自の勢力が徳川家康に警戒されるようになります。 慶長19年(1614年)、大久保長安事件などの政治闘争に巻き込まれる形で、最後の当主・里見忠義(ただよし)は突然、幕府から領地を没収(改易)され、遠く離れた鳥取県の倉吉へ流刑となってしまいました。 この時、江戸の喉元にある危険な海の要塞・館山城は、幕府の命令によって徹底的に破壊されました(破城)。建物はおろか、石垣や土塁に至るまで完膚なきまでに壊され、城の痕跡はほとんど消し去られてしまったのです。 現実の歴史で悲劇的な最期を遂げたからこそ、滝沢馬琴は彼らをモデルに、無敵の剣士たちが大活躍する痛快なフィクション『南総里見八犬伝』を書き上げ、庶民の喝采を浴びたのかもしれません。

跡形もなく壊された悲劇の改易

跡形もなく壊された悲劇の改易

Photo: Wikimedia Commons

はの門へ続く登城路と姫路城の天守

Photo: そらみみ / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0

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