福山城

ふくやまじょう

福山城

Photo: Douglas P Perkins (Douglaspperkins) / Wikimedia Commons / Public domain

福山城|なぜ北側だけ黒い鉄板で覆われているのか

福山城を、なぜ北側だけ黒い鉄板で覆われているのかという切り口から読み直します。一般的な城の概要を並べるのではなく、この城でしか成立しない出来事と、現在の姿とのずれを入口にします。

基本情報

名称
福山城
読み
ふくやまじょう
別名
なし
所在地
広島県福山市丸之内
築城時期
1619年着工・1622年完成
築城者
水野勝成
現在の城郭
1966年再建
文化財・指定
伏見櫓・筋鉄御門が国指定重要文化財

この記事では、福山城の見どころを「なぜ北側だけ黒い鉄板で覆われているのか」から三つの場面に分けて追います。各Sectionでは、固有の事実がなぜ意外で、城の見方をどう変えるのかを確認します。

01

白い城なのに、北面だけ黒い

白い城なのに、北面だけ黒いを、なぜ北側だけ黒い鉄板で覆われているのかの中の具体的な場面として見ます。

右は福山城天守の写真です。注目したいのは北側の壁面。福山城では最上階を除く北側壁面に黒い鉄板張りが再現され、白い壁が目立つ他の面とは印象が大きく変わります。 福山市によると、この鉄板は風雨への備えに加え、天守が城郭内の北側に寄っているため、外部から直接攻撃を受けることへの備えでもありました。

白い城なのに、北面だけ黒い

白い城なのに、北面だけ黒い

Photo: Wikimedia Commons

はの門へ続く登城路と姫路城の天守

Photo: そらみみ / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0

02

江戸時代の城絵図と、現代の復元を分けて見る

江戸時代の城絵図と、現代の復元を分けて見るを、なぜ北側だけ黒い鉄板で覆われているのかの中の具体的な場面として見ます。

右は1644年の『正保城絵図』に描かれた福山城です。現在の天守は1966年の再建で、北面の鉄板張りは2022年の大規模改修で復元されました。 現代の黒い鉄板を「大砲を弾く装甲だった」と単純化せず、当時の城郭資料と現在の復元を分けて見ることが大切です。

江戸時代の城絵図と、現代の復元を分けて見る

江戸時代の城絵図と、現代の復元を分けて見る

Photo: Wikimedia Commons

はの門へ続く登城路と姫路城の天守

Photo: そらみみ / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0

03

駅側だけでなく、城の北側へ回る

駅側だけでなく、城の北側へ回るを、なぜ北側だけ黒い鉄板で覆われているのかの中の具体的な場面として見ます。

福山城は駅のすぐ北にあります。駅側から見える姿だけで終わらず、城の周囲を回ると、見る方向によって天守の表情が大きく変わります。 右の写真のように、城と駅周辺の距離感が近いからこそ、短い移動で正面側と北側を見比べられるのも福山城の面白さです。

駅側だけでなく、城の北側へ回る

駅側だけでなく、城の北側へ回る

Photo: Wikimedia Commons

はの門へ続く登城路と姫路城の天守

Photo: そらみみ / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0

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