新発田城

しばたじょう

新発田城

Photo: Douglas P Perkins (Douglaspperkins) / Wikimedia Commons / Public domain

新発田城|屋根の上にシャチホコが「3匹」も乗っている日本唯一の城。しかも、お城の中心部が自衛隊の駐屯地の中にあって一般人は立ち入れない!?

新発田城を、屋根の上にシャチホコが「3匹」も乗っている日本唯一の城。しかも、お城の中心部が自衛隊の駐屯地の中にあって一般人は立ち入れない!?という切り口から読み直します。一般的な城の概要を並べるのではなく、この城でしか成立しない出来事と、現在の姿とのずれを入口にします。

基本情報

名称
新発田城
読み
しばたじょう
別名
菖蒲城
所在地
新潟県新発田市大手町
築城時期
1598年に築城開始
築城者
溝口秀勝
現在の城郭
三階櫓・辰巳櫓などが復元され、城跡が整備されている
文化財・指定
国指定史跡

この記事では、新発田城の見どころを「屋根の上にシャチホコが「3匹」も乗っている日本唯一の城。しかも、お城の中心部が自衛隊の駐屯地の中にあって一般人は立ち入れない!?」から三つの場面に分けて追います。各Sectionでは、固有の事実がなぜ意外で、城の見方をどう変えるのかを確認します。

01

なぜシャチホコが「3匹」なのか?

なぜシャチホコが「3匹」なのか?を、屋根の上にシャチホコが「3匹」も乗っている日本唯一の城。しかも、お城の中心部が自衛隊の駐屯地の中にあって一般人は立ち入れない!?の中の具体的な場面として見ます。

日本のお城の屋根といえば、左右に1匹ずつ、合計2匹のシャチホコ(鯱)が乗っているのが常識です。しかし、新発田城のシンボルである「三階櫓(実質的な天守)」の屋根には、なんと3匹のシャチホコが乗っています。 これは、最上階の屋根の形が「丁字型(T字型)」に作られているためです。なぜこんな奇妙な形にしたのか。それは「お城の正面(お殿様の御殿)からも、城下町からも、屋根が美しく立派に見えるように」という、デザインと見栄を極限まで追求した結果だと言われています。

なぜシャチホコが「3匹」なのか?

なぜシャチホコが「3匹」なのか?

Photo: Wikimedia Commons

はの門へ続く登城路と姫路城の天守

Photo: そらみみ / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0

02

天守の敷地は「現役の自衛隊駐屯地」

天守の敷地は「現役の自衛隊駐屯地」を、屋根の上にシャチホコが「3匹」も乗っている日本唯一の城。しかも、お城の中心部が自衛隊の駐屯地の中にあって一般人は立ち入れない!?の中の具体的な場面として見ます。

新発田城のもう一つの大きな特徴は、その立地です。 2004年にこの三階櫓が復元されたのですが、実はお城の敷地の大部分が「陸上自衛隊 新発田駐屯地」の敷地内となっています。そのため、一般の観光客はこの三階櫓の中に入ることはできず、自衛隊のフェンスの外側からお城を眺めることしかできません。

天守の敷地は「現役の自衛隊駐屯地」

天守の敷地は「現役の自衛隊駐屯地」

Photo: Wikimedia Commons

はの門へ続く登城路と姫路城の天守

Photo: そらみみ / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0

03

江戸から令和へ続く「要塞」の系譜

江戸から令和へ続く「要塞」の系譜を、屋根の上にシャチホコが「3匹」も乗っている日本唯一の城。しかも、お城の中心部が自衛隊の駐屯地の中にあって一般人は立ち入れない!?の中の具体的な場面として見ます。

お城が軍事施設として使われるのは明治時代以降よくあったことですが、現代に至るまで現役の駐屯地として完全に同化している例は珍しいです。 お堀の向こう側で自衛隊員が訓練をしている風景は、新発田城ならではのシュールでリアルな光景です。城郭が持つ本来の「軍事要塞」としての機能が、江戸時代から令和の現代まで途切れることなく続いているとも言える、非常に興味深いスポットです。

江戸から令和へ続く「要塞」の系譜

江戸から令和へ続く「要塞」の系譜

Photo: Wikimedia Commons

はの門へ続く登城路と姫路城の天守

Photo: そらみみ / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0

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