
源実朝
将軍在職:1203〜1219年(約16年)
将軍家は断絶、幕府は続いた。1219年、実朝は鶴岡八幡宮で暗殺され、源頼朝の直系男子による将軍家は途絶えました。しかし幕府自体は北条氏の執権政治の下で存続。1221年の承久の乱を経て、1232年には御成敗式目が制定されました。
鎌倉・室町・江戸。将軍を横に並べると、「3代目」が担った意外な役割が見えてくる。

江戸城 桜田門|写真:Fg2 / Wikimedia Commons(Public domain) 原典
幕府を開いた源頼朝・足利尊氏・徳川家康は、誰もが知る日本史の人物。しかし、初代が幕府を開いたことと、長く続く政治の仕組みが整うことは同じではありません。幕府を作る初代と、幕府の進路を変える3代目。三大幕府を比べてみましょう。
もっとも長かったのは江戸幕府。鎌倉幕府は源氏将軍が3代で途絶えても、幕府そのものは1333年まで続きました。
成立年には歴史学上の幅があります。鎌倉は1185年(守護・地頭の設置権限)と1192年(頼朝の征夷大将軍就任)を区別。室町も1336年(建武式目)と1338年(尊氏の将軍就任)を区別しています。年数は便宜上、表示した年号の差です。
鎌倉は9代、室町は15代、江戸は15代。初代・3代・8代・15代を強調しました。スマホは表を左右にスクロールできます。
| 代 | 鎌倉幕府 | 室町幕府 | 江戸幕府 |
|---|---|---|---|
| 1代 | 源頼朝(みなもとのよりとも)在職 1192〜1199年|約7年 | 足利尊氏(あしかがたかうじ)在職 1338〜1358年|約20年 | 徳川家康(とくがわいえやす)在職 1603〜1605年|約2年 |
| 2代 | 源頼家(みなもとのよりいえ)在職 1199〜1203年|約4年 | 足利義詮(あしかがよしあきら)在職 1358〜1367年|約9年 | 徳川秀忠(とくがわひでただ)在職 1605〜1623年|約18年 |
| 3代 | 源実朝(みなもとのさねとも)在職 1203〜1219年|約16年 | 足利義満(あしかがよしみつ)在職 1368〜1394年|約26年 | 徳川家光(とくがわいえみつ)在職 1623〜1651年|約28年 |
| 4代 | 藤原頼経(ふじわらのよりつね)在職 1226〜1244年|約18年 | 足利義持(あしかがよしもち)在職 1394〜1423年|約29年 | 徳川家綱(とくがわいえつな)在職 1651〜1680年|約29年 |
| 5代 | 藤原頼嗣(ふじわらのよりつぐ)在職 1244〜1252年|約8年 | 足利義量(あしかがよしかず)在職 1423〜1425年|約2年 | 徳川綱吉(とくがわつなよし)在職 1680〜1709年|約29年 |
| 6代 | 宗尊親王(むねたかしんのう)在職 1252〜1266年|約14年 | 足利義教(あしかがよしのり)在職 1429〜1441年|約12年 | 徳川家宣(とくがわいえのぶ)在職 1709〜1712年|約3年 |
| 7代 | 惟康親王(これやすしんのう)在職 1266〜1289年|約23年 | 足利義勝(あしかがよしかつ)在職 1442〜1443年|約1年 | 徳川家継(とくがわいえつぐ)在職 1713〜1716年|約3年 |
| 8代 | 久明親王(ひさあきしんのう)在職 1289〜1308年|約19年 | 足利義政(あしかがよしまさ)在職 1449〜1473年|約24年 | 徳川吉宗(とくがわよしむね)在職 1716〜1745年|約29年 |
| 9代 | 守邦親王(もりくにしんのう)在職 1308〜1333年|約25年 | 足利義尚(あしかがよしひさ)在職 1473〜1489年|約16年 | 徳川家重(とくがわいえしげ)在職 1745〜1760年|約15年 |
| 10代 | — | 足利義稙(あしかがよしたね)在職 1490〜1493 / 1508〜1521年|約16年 | 徳川家治(とくがわいえはる)在職 1760〜1786年|約26年 |
| 11代 | — | 足利義澄(あしかがよしずみ)在職 1494〜1508年|約14年 | 徳川家斉(とくがわいえなり)在職 1787〜1837年|約50年 |
| 12代 | — | 足利義晴(あしかがよしはる)在職 1521〜1546年|約25年 | 徳川家慶(とくがわいよし)在職 1837〜1853年|約16年 |
| 13代 | — | 足利義輝(あしかがよしてる)在職 1546〜1565年|約19年 | 徳川家定(とくがわいさだ)在職 1853〜1858年|約5年 |
| 14代 | — | 足利義栄(あしかがよしひで)在職 1568〜1568年|1年未満 | 徳川家茂(とくがわいもち)在職 1858〜1866年|約8年 |
| 15代 | — | 足利義昭(あしかがよしあき)在職 1568〜1573年|約5年 | 徳川慶喜(とくがわよしのぶ)在職 1866〜1867年|約1年 |
在職年数は就任年と退任年の差による概算(0年は1年未満)。足利義稙は復職期間を合算。棒は最長約50年を基準にした長さの目安です。
鎌倉の4・5代は摂家将軍、6〜9代は皇族将軍。室町10代の足利義稙は将軍職に復帰した時期があります。
室町8代・足利義政の時代には応仁の乱が始まり、江戸8代・徳川吉宗は享保の改革に取り組みました。また、室町と江戸はともに15代将軍の時代に終わりましたが、義昭は追放され、慶喜は大政奉還を行っています。
ここが今回の特集の中心です。3代目は、初代から受け継いだ政権をどう変えたのでしょう。
源実朝:約16年(1203〜1219年)/足利義満:約26年(1368〜1394年)/徳川家光:約28年(1623〜1651年)。年数は就任・退任年の差による概算です。義満は将軍退任後も政治的影響力を持ち続けました。在職年数の長さだけで、幕府の安定を説明できるわけではありません。

将軍在職:1203〜1219年(約16年)
将軍家は断絶、幕府は続いた。1219年、実朝は鶴岡八幡宮で暗殺され、源頼朝の直系男子による将軍家は途絶えました。しかし幕府自体は北条氏の執権政治の下で存続。1221年の承久の乱を経て、1232年には御成敗式目が制定されました。

将軍在職:1368〜1394年(約26年)
将軍の力を高めた。南北朝の対立が続く中、義満は有力守護大名を抑え、1392年に南北朝合一を実現。室町幕府の将軍権力が最も強まった時期を築きました。金閣に象徴される北山文化も義満の時代です。

将軍在職:1623〜1651年(約28年)
仕組みで大名を統制した。家康・秀忠が整えた政治を引き継ぎ、1635年の武家諸法度改定で参勤交代を制度化。大名の統制と幕府を中心とする政治の仕組みが、さらに強化されました。
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鎌倉幕府は実朝の死後も100年以上続きましたし、義満が権力を強化した室町幕府も、後には戦国の争いに向かいました。大切なのは、初代の個人的な力を、次の世代も動く政治体制に変えられたのかという問いです。三大幕府の3代目には、それぞれ違う答えが現れています。
元寇の後、御家人への十分な恩賞が難しくなり、不満が広がります。後醍醐天皇の倒幕運動の中で、1333年に新田義貞らによって鎌倉幕府が滅びました。
応仁の乱を経て、有力武士の独立した支配が拡大。1573年、15代将軍・足利義昭が織田信長によって京都から追放されました。
開国をめぐる対立や倒幕運動の中、1867年に15代将軍・徳川慶喜が大政奉還。続く王政復古や戊辰戦争を経て、武家政権の時代が終わりました。
高校入試で押さえたい出来事を中心に、将軍や幕府との関係がわかるようにまとめました。
| 年 | 出来事 | 関連 |
|---|---|---|
| 1185 | 鎌倉幕府成立(守護・地頭の設置が認められる) | 源頼朝 |
| 1192 | 源頼朝が征夷大将軍になる | 鎌倉 |
| 1219 | 3代将軍・源実朝が暗殺される | 鎌倉 |
| 1221 | 承久の乱 | 鎌倉 |
| 1232 | 御成敗式目 | 鎌倉 |
| 1274 | 文永の役 | 鎌倉 |
| 1281 | 弘安の役 | 鎌倉 |
| 1333 | 鎌倉幕府滅亡 | 鎌倉 |
| 1336 | 室町幕府成立(建武式目) | 室町 |
| 1338 | 足利尊氏が征夷大将軍になる | 室町 |
| 1392 | 南北朝合一 | 室町 |
| 1404 | 勘合貿易が始まる | 室町 |
| 1467 | 応仁の乱 | 室町 |
| 1573 | 室町幕府の終わり(足利義昭が京都から追放) | 室町 |
| 1600 | 関ヶ原の戦い | 江戸 |
| 1603 | 江戸幕府成立(家康が征夷大将軍に就任) | 江戸 |
| 1615 | 大坂夏の陣・武家諸法度 | 江戸 |
| 1635 | 参勤交代を制度化 | 江戸 |
| 1716 | 享保の改革が始まる | 江戸 |
| 1853 | ペリー来航 | 江戸 |
| 1858 | 日米修好通商条約 | 江戸 |
| 1867 | 江戸幕府の終わりの節目(大政奉還・王政復古) | 江戸 |
源実朝の死後も幕府を支えた執権政治、足利義満が強化した将軍権力、徳川家光が整えた大名統制。三大幕府を横に並べると、歴史の年号や人名が、一つの問いでつながります。
幕府の寿命は3代目で決まるのか。断定はできません。しかし、3代目の時代に政治体制がどう変わったかを見ることは、それぞれの幕府の歴史を理解する手がかりになります。
教科書の扱い:東京書籍 令和7年度中学校社会・歴史、国立教育政策研究所教育図書館・鎌倉幕府成立年に関する教科書調査。年表参考:国立国会図書館国際子ども図書館 幕末・明治年表。
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