
01
筒井順慶の大和統一と豊臣秀長による城郭拡張
大和国は長らく興福寺などの宗教勢力による支配が続いていたが、戦国時代末期に織田信長の支援を受けた筒井順慶が大和を統一し、天正八年(一五八〇年)に郡山城の本格的な築城を開始した。 順慶の死後、天正十三年(一五八五年)に豊臣秀吉の異父弟である豊臣秀長が、大和・和泉・紀伊の三国あわせて百余万石という強大な権力を与えられて入城する。 秀長は西国の諸大名を牽制・統括するための最重要拠点として、筒井時代の城郭をさらに大規模に拡張した。百万石の首府にふさわしい城郭とするため、紀の川流域などから膨大な人員を動員して天守を造営し、広大な堀と城下町を整備したのである。 秀長の堅実な内政手腕により、大和郡山は豊臣政権下における事実上の副都心として機能し、政治的および経済的な中心地としての地位を確立した。


Photo: MAKIKO OMOKAWA / Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0