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標高400mの繖山に展開する「総石垣」の中世城郭
観音寺城は、標高432mの繖山(きぬがさやま)の山頂から中腹にかけて無数の曲輪群を配置した巨大な山城である。 特筆すべきは、戦国時代中期の山城でありながら、主要な曲輪の周囲が巨大な石垣で囲まれていることである。 通常、石垣を多用する城郭は織田信長の安土城以降(織豊系城郭)に普及したとされるが、観音寺城はそれ以前の段階で総石垣に近い構造を採用していた。 近江国という石工集団(穴太衆など)を擁する土地柄と、室町幕府の重鎮として絶対的な権力を誇った六角氏の経済力が融合した結果である。 特に本丸跡や平井丸跡などに残る長大で分厚い石垣の遺構は、中世における築城技術の到達点を示す学術的に極めて重要な存在である。



