Photo: Taketarou / Wikimedia Commons / CC BY-SA 1.001
上杉謙信の十度にも及ぶ猛攻を退けた難攻不落の防衛網
金山城は、関東平野の北西部に独立してそびえる標高235mの金山(かなやま)の全山を要塞化した巨大な山城である。 文明元年(1469年)に新田一族の岩松家純によって築かれたが、戦国時代に入ると重臣であった横瀬氏(後に由良氏と改姓)が主君を追放して城主の座を奪い、下克上によって城郭の規模を最大化させた。 由良氏の統治下において、金山城は関東における重要拠点として周辺の強国から再三にわたって標的とされた。 特に越後の上杉謙信は、関東管領としての威信をかけて金山城を十度近く包囲・攻撃したと記録されているが、険阻な地形と高度な防御網に阻まれ、一度も武力で陥落させることはできなかった。 武田勝頼の軍勢による攻撃をも退けたその防衛実績は、金山城が関東屈指の難攻不落の要害であったことを歴史的に証明している。



