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徳川家康が四十日間にわたり滞在して主導した改修工事
天正十八年(一五九〇年)の葛西大崎一揆の後、豊臣秀吉は伊達政宗に対して先祖代々の領地であった米沢などを没収し、新たに葛西・大崎の旧領への転封を命じた。 この際、秀吉から政宗への城の引き渡しと新たな居城の整備を命じられたのが徳川家康である。家康は自ら軍勢を率いて現地に入り、およそ四十日間にわたって滞在しながら、既存の城郭に大規模な改修を施した。 徳川家康は本丸の拡張や強固な土塁、深い空堀の造成を直接指揮し、伊達家の新たな本拠地にふさわしい軍事要塞へと作り替えた。 これは、奥州の有力大名である政宗に対する豊臣政権(および家康)の監視の意図が含まれると同時に、両者の政治的関係性が構築される重要な契機ともなった。



