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谷間を塞いだ城戸と、約一万人が暮らした計画的な中世都市
一乗谷は、足羽川の支流である一乗谷川に沿って南北に伸びる細長い谷であり、東側には標高473mの一乗城山がそびえる天然の要害である。 朝倉氏は谷の南北の両端に「上城戸(かみきど)」と「下城戸(しもきど)」と呼ばれる巨大な土塁による防衛線を築き、谷全体を巨大な要塞都市として囲い込んだ。 内部には朝倉氏の館を中心に、武家屋敷、寺院、職人の町屋が計画的に配置され、最盛期には約一万人もの人口を抱える北陸最大の都市が形成されていた。 応仁の乱で荒廃した京都から多くの公家や文化人がこの一乗谷に避難・滞在したため、城下町には京文化が色濃く流入し、茶の湯や連歌などの高度な文化が花開いた。 山頂の軍事施設(山城)と、谷間の行政・生活空間(館と城下町)が完全に一体化した中世城郭都市の到達点を示す構造である。



