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徳川家康への恭順を示すための「日の岳城」破却
平戸城の前身である「日の岳城」は、慶長四年(一五九九年)に松浦鎮信によって築城が開始された。 しかし、完成直前の慶長十八年(一六一三年)、鎮信は突如として自らの手でこの城に火を放ち、完全に破却してしまう。 この極端な行動の背景には、豊臣秀吉の寵愛を受けていた松浦氏が、新たに覇権を握った徳川家康から謀反の疑いをかけられることを極度に恐れたという政治的判断があった。 松浦氏は朝鮮出兵において第一軍として活躍しており、強力な水軍の兵力を保持していたため、幕府の警戒の対象になりやすかったのである。 苦心して築き上げた城を自ら焼き払うことで、幕府に対する絶対的な恭順と二心がないことを物理的に証明し、松浦家という一族の存続を図る高度な政治的決断であった。



