
『鬼滅の刃』の世界を歩く
岩を斬る剣士、雷の神、鬼を討つ一団。
日本には、鬼滅より前から鬼退治の物語があった。
鬼滅の「元ネタ探し」ではなく、日本に残る鬼退治をたどる。
『鬼滅の刃』に登場する場所や人物には、公式にモデルと明言されていないものが多い。それでも、作品の中で目にする「岩を斬る剣士」「雷の名を持つ技」「鬼を討つ剣士集団」「鬼の首領」によく似た話は、日本各地の伝説に残っている。
奈良の一刀石から始めて、最後は京都・大江山の酒呑童子まで。作品を入口に、昔から語られてきた鬼退治を追ってみる。
炭治郎が斬った岩を思わせる「一刀石」
奈良・柳生の天乃石立神社。その奥に、真っ二つに割れた巨大な岩がある。名前は一刀石。
柳生新陰流の祖・柳生石舟斎が天狗と戦い、一刀で斬ったと思ったところ、天狗ではなく巨石が二つに割れていたという伝説が残っている。
『鬼滅の刃』で炭治郎が修行の末に巨大な岩を斬る場面と重ねる人が多く、ファンにも知られるようになった。公式のモデルと発表された場所ではないが、剣士が岩を斬る話そのものは、鬼滅よりはるか前から柳生にあった。
奈良市「柳生一刀石」 ↗
葛木坐火雷神社 / Wikimedia Commons
善逸の「火雷神」と同じ名前が、奈良の古社に残っている
奈良県葛城市にある葛木坐火雷神社。読みは「かつらきにいますほのいかづちじんじゃ」。長い名前の中に、そのまま「火雷神」が入っている。
我妻善逸が使う大技にも「火雷神」という名があるため、ファンの間で注目され、葛城市も作品との共通点を観光情報として紹介している。
神社の主祭神は火雷大神と天香山命。善逸の技の由来として公式発表された神社ではないが、「火雷神」という名前は作品よりずっと前から奈良にある。
葛城市「鬼滅の刃」紹介 ↗鬼殺隊のモデルは実在した?
公式にモデルと明言された部隊はないが、日本にはずっと昔から「鬼を専門に討つ一団」の物語があった。
その代表が、源頼光と頼光四天王。
彼らは大江山に乗り込み、最強の鬼と言われた酒呑童子を討つ。しかもメンバーの一人は、童話で有名な金太郎=坂田金時だった。
伝説によって細部は異なるが、頼光を中心に、渡辺綱、坂田金時、卜部季武、碓井貞光らが鬼退治へ向かう。山に入り、鬼の首領を討つために動く武者の一団が、平安時代の物語に登場する。
坂田金太郎 / Public Domain / Wikimedia Commons
金太郎は、成長して鬼退治に参加していた
鉞を担ぎ、熊と相撲を取る少年。童話の金太郎はそこで終わることが多い。
伝説では、その金太郎が成長して坂田金時となり、源頼光に仕える。頼光四天王の一人として大江山へ向かい、酒呑童子退治に加わる。
福知山市の「日本の鬼の交流博物館」には、坂田公時が酒呑童子の手下の鬼三匹を相手に、素手で戦う姿を描いた浮世絵も所蔵されている。
福知山市「おうちで鬼博」 ↗
『大江山絵巻』 / Wikimedia Commons
鬼舞辻無惨のモデルはいない。では、日本の鬼で最強は誰だった?
鬼舞辻無惨について、公式に発表された実在モデルは確認されていない。
日本の鬼伝説に目を移すと、京都・大江山の酒呑童子がいる。福知山市は、酒呑童子を「最強の鬼」と紹介している。
酒呑童子は大江山を根城にし、都から人をさらい、配下の鬼を従えていたとされる。その討伐に向かったのが、源頼光と頼光四天王だった。
鬼の首領が山に棲み、都から討伐隊が送られる。大江山の酒呑童子伝説には、鬼滅を知る人なら引っかかる要素がいくつもある。
酒呑童子を倒すため、頼光たちは山伏に化けた
酒呑童子伝説の舞台として知られる京都府福知山市の大江山。頼光たちは武者の姿のまま攻め込まず、山伏に変装して山へ入る。
途中で神々から神便鬼毒酒を授けられ、酒呑童子に飲ませる。酒で動けなくなったところを討つという筋書きで、名前の通り「酒を呑む童子」が酒で倒される。
現在の大江山には「日本の鬼の交流博物館」があり、酒呑童子伝説だけでなく、日本各地に残る鬼の面や鬼文化を集めている。
日本の鬼の交流博物館 ↗
酒呑童子の生首が源頼光を襲う場面 / Public Domain
酒呑童子は、首を落とされても終わらなかった
頼光たちは酒呑童子の首を落とす。ところが伝説はそこで終わらない。
切り落とされた首が飛び上がり、頼光の頭に噛みついたという。福知山市に伝わる話では、頼光がかぶっていた八枚重ねの兜のうち、七枚まで牙が通ったとされている。
首を落とされた鬼が最後の一撃を返す。酒呑童子の恐ろしさを伝える場面として、絵巻や浮世絵にも繰り返し描かれてきた。
福知山市「おうちで鬼博」 ↗
一条戻橋 / Wikimedia Commons
頼光四天王の渡辺綱は、京都でも鬼の腕を斬った
酒呑童子退治に加わった渡辺綱には、京都の一条戻橋でも鬼と戦ったという伝説がある。
夜、橋のたもとで出会った女が鬼へ姿を変え、綱を襲う。綱は太刀で鬼の腕を斬り落としたとされる。のちに鬼は老婆に化けて綱のもとを訪れ、切られた腕を取り返したという話へ続く。
大江山で酒呑童子を討つ頼光四天王の一人が、京都の町でも鬼を斬る。渡辺綱の名前は、鬼退治の伝説に何度も現れる。
京都市公式 京都観光Navi「戻橋」 ↗鬼を斬る剣士は、ずっと昔から日本の物語にいた。
『鬼滅の刃』に直接のモデルがあると断定できる話ではない。それでも、柳生には岩を斬った剣士の伝説があり、奈良には「火雷神」の名を持つ古社があり、京都には鬼の首領を討った武者たちの物語が残っている。
その一団には金太郎がいて、相手は「最強の鬼」と呼ばれる酒呑童子だった。鬼を斬る物語をたどっていくと、『鬼滅の刃』よりずっと前の日本へ行き着く。